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INTERVIEW

健康増進市場でビジネスをする上で重要な「コラボレーション」の秘訣

井内伸一氏

からだポータル株式会社

医療分野にデジタルトラスフォーメーションの波が来ていることは、誰の目にも明らかだろう。すでに北米では遠隔医療サービスのスタートアップでユニコーンが登場し、バイタルデータのプラットフォーム化や診察におけるデジタル活用の潮流は必然といえる。同じ形でないにせよ、おそらく将来日本でも市場が形成されていくだろう。医療に長らく従事したからこそ従来の医療分野から飛び出し、病気になる前に手を打ち健康増進に気付ける仕組みを構築しようと予防・健康増進にチャレンジするからだポータル株式会社のCEO井内伸一氏に医療領域にまつわる事業創発の要点をお聞きした。

――最初に、井内さんの経歴について教えてください。

井内伸一氏
我々、からだポータルの経営陣は大阪の医療法人出身です。 私は大学卒業後に入職して企画部門に配置され、様々な医療情報システムの企画を立案してきました。また経営の観点から必要な医療情報のあり方を検討したり、P H R(Personal Healthcare Record:パーソナル・ヘルス・レコード)の有効活用について模索したりしてきました。 電子カルテをクラウドシステムに移行する等、医療従事者や患者に貢献できるように先進的な取り組みの企画開発を行ってきましたので、システム開発という切り口から、これからの病院経営のあるべき姿を探していたように思います。

――医療法人からスピンアウトして、からだポータルを発足されたのはどういう理由からですか?

一言で言えば、今後の長期スパンでの民間の医療法人のあり方について、新たな姿を探しても良いのではないかと考えたからです。医療法人というビジネスが50年や100年という将来まで本当に成り立つのだろうかと長期の視点に立った時に、保険医療だけに頼らない新しい収益源を作るという選択肢もあるのではないかと考えていました。 私が在籍していた医療法人は急性期病院が収益の柱でしたが、将来、大学病院や自治体病院などに急性期病院の機能が集約されていったときに、新たな収益を確保できる取り組みが有効ではないかと考えました。 こうした考えから既存の医療リソースを活用して展開できる事業を模索する中で、「健康増進」の収益事業化に取り組もうと発案しました。

――なぜ、健康増進に着手されたのですか?

我が国の医療の未来に対して、課題感を抱いていたからです。 ご存知の様に日本は、国民皆保険とフリーアクセスを実現できている稀有な国です。例えば、病気になったとき、近くのお医者さんでも大きな病院でもどこにでも行けて、かつ基本的に診察を断られません。こんなことができている国はおそらく他にどこにもない。このシステムは本当に世界に誇れる社会基盤です。 その一方で、デメリットもあります。それは「病気になる前に病院へ行こう」と多くの人が考えないことです。病気になってから病院に行けば何とかしてもらえるので、発病する前に何かしなければならないという発想にならないのです。 「新型コロナウイルス感染流行による医療崩壊」はニュースで大々的に報じられています。今のところ、医療現場の尽力によって致命的な難は逃れていますが、この課題は今後も続きます。将来の人口構成から考えれば、50年後には構造的に医療崩壊が発生する地域が出始めてもおかしくありません。つまり医療崩壊が起きない様な社会構造、社会活動が重要であり、そのためには「病気になってから病院に行けばいい」という意識から変えていく必要があるのです。 そこで我々からだポータルが取り組んでいるのは、未病の状態から発病しないようにすること、将来的に医療施設のキャパシティを越えないようにすることの2点に貢献するサービスを提供することです。 究極的には、本人が病気で苦しまなくて済むようにするサービスを提供することです。それが私たちの考える健康増進の目的でありゴールです。 健康増進という領域は、大学病院や自治体病院、政府だけで取り組むことはできても、継続することが難しい領域です。消費者の日常生活の視点に立ってサービスを構築しつつ、医療のリソースと適切に結びつけることができれば、民間の企業や医療法人が大きな力を発揮できるのではないか、と考えています。

――健康増進という領域は、市場としてどういう特徴があるのでしょうか?

すでに病気になっている人に対して掛かっているお金は、『国民医療費』として毎年公表されています。2018年度で43.3兆円となっています。 一方、健康維持領域に掛かっているお金はどのくらいだと思いますか。 国民医療費を除くヘルスケア産業全体の市場規模が25兆円なので、医療費の半分程度です。しかし、実際に健康増進に働きかけるものに限定すると、更に少なく9.2兆円しかありません。 つまり日本全体で10兆円にも満たないということです。これを見ると、医療機関としては健康増進ではなく医療そのものに注力するのは当然です。健康増進の市場形成が難しいと言われる由縁です。 また、60歳で定年退職した後、医療の供給量が急増するというデータもあります。詳細は省きますが、図の医療の供給量は『医療費』とも言い換えられます。これを見ると、病院が提供している医療の対象は、実質的にはほとんど60歳以上の人たちです。 そのため医療費は60歳以上に使われているのですが、実際は若いうちから加齢によって病気になっていくリスクは蓄積され始めるので、この医療費は蓄積されたリスクに使われているとも解釈できます。若いうちに医療サービスを受けることで蓄積する健康リスクを低減させることで、60歳以上になった際の急激な医療供給量の伸びを抑えることができます。重い病にかかるリスクも低く、生涯健康で幸せに暮らすことができます。本当に健康になるためには、『まだまだ健康だけど、リスクがある』という時点で手を打たないといけないのです。 ですので、健康増進を持続的な事業にしていくためには、健康リスクがあることに気づいた上で第三者が介入する機会を作ることで「健康リスクを持つこと自体が駄目なこと」と認識してもらうところに力を入れることがポイントと考えています。つまり健康増進事業では、健康状態に対する認識を変えてもらうことの方が大切なのです。

――よくわかりました。健康増進事業ではどんなことをやっているのですか?

私たちが積極的に取り組んでいることの一つとしてPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)と言われる個人の健康記録をITで集めて、それぞれの人に合った状態や、「あなたの体の状態をこうですよ」ということをお知らせして、利用者の方の健康状態を知る機会を増やしていく取り組みをしています。 ただ、データだけ見ていてもそれが何を示しているのかわからなかったり、知ったからといって何かが始まったりするわけではないので、更に実際のリアルの場で介入していくようなこともしています。我々は、このリアルへの介入こそが重要だと考えています。

――なぜ、リアルな介入が重要だと考えているのですか?

世の中には、PHRを手がける企業はたくさんあり、群雄割拠の状態です。その多くはPHRを管理するAIツールやサービスを提供して、健康管理を促すものがほとんどです。なかなかリアルの場で介入するところまで実現できているものは少ないです。 例えば、かかりつけの医師に真剣な眼差しで「このままだと危ないですよ」と言われると「まずいな」と思うことがありますよね。リアルな介入がなければ、なかなか健康増進をする気になれないというのが、実体験としてあります。ですので、リアルな介入ができるように、オンラインできっちりデータを集めていって、介入のリアリティを上げていこうと考えています。 病院の医療情報データを見ていると、「なぜ、この患者さんはもっと早く来なかったのだろう。」と痛感するデータがすごく多いです。自分では健康と思っていても、実はそうではないという事態が世の中ではたくさん起こっています。 データ活用して、「あなたは今、手を打たないと将来大変なことになりますよ」ということをお伝えして実感していただく機会をもっと作りたいと思います。毎年多くの人が行う健康診断ももっと有効に活用できると思います。ただ人は日常生活に流されやすいものです。やらないといけないとわかっていても、誰にも言われなかったらやらないですよね。だからこそ何度もリアルな介入のために日常の中に入り込む工夫が必要になってきます。 イメージとしては、学校の宿題に近いかもしれないですね。学校で先生から「宿題をしなさい」って言われたらやりますけど、宿題を出さずにすべての子どもが自発的に次の授業までに復習をするかっていうと、多分やらない子が多いですよね。こうした人と心の動きは病院でも同じです。データを見せられて、やった方がいいことが紙に書いてあっても中々実行しないですけど、お医者さんから「あなたは、これをやりなさい」って言われるだけで自然と行動が変わります。 誰かに言われると、つまり人が介入すると人は動く。それでもやらない人はもちろんいますけど、自分ひとりだったらやらないことも、誰かに言われるから「やってみようかな」と思ってもらう心の動きを利用しています。

――介入というのは、具体的にどういうことをしているのでしょうか?

からだポータルでは、「健康イベント」を開催しています。お客様に同意をいただいて健康のデータをいただきその結果をWebで見せるという仕組みを持っています。健康イベントを日常生活に溶け込ませるために、普段の日常の導線の中で開催するため、ショッピングセンターで実施させてもらっています。 ショッピングセンターで健康イベントを設け、そこに医療機関やイベントの内容に沿ったメーカーや企業を招いて、今後お客様に役立つ様々なサービスを提供していきます。サービスを提供するときにITを使って、参加するお客様の健康情報を蓄積しておいて、本当にその人に合った介入をしていくというようなことをしています。

――イベントということは、人と対話するというようなイメージでしょうか?

はい。そのとおりです。人が介入する良さとして、機械のようにずばり端的に指摘するのではなく、非常に柔軟なコミュニケーションを通じて介入できるという点があります。健康イベントに参加している方は、健康になりたいから来るのではなく、イベントや会話が楽しいから通っているという動機の方も多いです。 定期的に毎月同じ日にイベントをやっていると、同じ目的意識を持った集まり、つまりコミュニティが形成され始めます。このコミュニティに参加することで、必然的に健康になるような行動をするようになるので、このイベントを通じた健康コミュニティをうまく形成したいというのが、今考えていることの一つです。これは我々が嬉しいだけではなく、ショッピングセンターの売上も来店数もアップして、さらに健康になってもらえて地域貢献できるということになります。

――健康増進事業において、今後進めていく展望などはありますか?

我々は健康関連の事業者なので、常に健康データを集めていますが、その他のいろんな行動データを集めている様々な業者の方々と連携して、利用者一人一人の状態に合わせたサービスを今後展開したいと考えています。我々だけではなく、提携する事業者と一緒に利便性が高くて快適なサービスを提供することで、続けやすい体験をしてもらうということがやりたいことです。 「目標を決めて実施し、介入されてまた頑張る。」このサイクルを早く回すために、ショッピングセンター以外でも様々な日常の生活の動線の中に置いて行きたいと思います。例えば、学生であれば大学や専門学校での生活の中に溶け込ませていきたいです。20代から健康増進が習慣になっていたら、どれほど健康リスクが軽減できるだろうかと思います。それ以外でも職場やシェアオフィスでも気軽にできるといいなと思います。

――健康増進につながるサービスとはどのようなものでしょうか?

健康というのは、社内的にも反対する人がおらず、対外的にもポジティブなイメージをもっていただける、非常に強いコンテンツであると考えています。健康というコンテンツを使った健康増進につながる活動が企業のL T V向上につながる様にしていきたいと思います。例えばショッピングセンターであれば顧客の継続利用や購買金額、シェアオフィスであれば契約月数や滞在時間など。普段の日常生活を過ごしているだけで健康増進につながるのが理想です。 具体的には、スマホでおすすめのサービスを個別に提案したり、小売店の中の医療テナントと連携したり、来店者の購買記録と照らし合わせながら、医療専門職の方が介入する機会を作ることで、「普段どおりに生活を送っていたら元気になりました」という体験を提供するために、最適なサービスを提供したいと考えています。一般的にはこういう取り組みはマーケティングというのでしょうか。

――医療分野とマーケティングを連携しているということですね。この連携にはどんな利点や可能性があるとお考えですか?

医療分野ではマーケティングという概念は必ずしも一般的ではありません。しかし一人ひとりに適切なタイミングで適切な医療サービスを提供しようと考えると、まさに一般企業が取り組んでいるマーケティングが必要になってきます。 商圏分析にあたる診療圏分析は、実は多くの病院が行っています。どこにどんな患者さんがどの位いるのか分析した上で、提供するサービスの最適化を図り、その地域で最適なサービスを整えておくことで経営を健全にしていきます。そこに患者一人ひとりの状況分析を加えいくことで、自院・自社のサービスを本当に必要としている人を発見することができ、さらに世のため人のため貢献していけるのではないかと考えています。 こうした取り組みは企業のCSRのような本業プラスαの部分でも社会に貢献していく要素になると思いますが、こういった考えを医療で取り込めたらと思います。 将来的には、AIも活用して適切な情報を適切なタイミングでその人に合わせて提供し、一人一人の健康増進に寄与する、そういった世界に近づけていけるのではないかと考えています。

――最後に、健康増進という領域に参入する他業種の企業にアドバイスなどはありますか?

企業が、予防市場や健康増進市場といったヘルスケア領域に参入しようとしている事例は多く聞いています。 この市場は生活者一人一人の行動を自発的に変えていく場づくりが必要になるため、一筋縄ではいきません。本当に健康になってもらうために、『自分たちのサービスは、どの部分で役に立てるか』という点をご検討いただき、それぞれ強みを複数企業で相互に活かすことで健康増進を市場形成できるのではないか思います。 PHR領域は、現在群雄割拠の状態ですが、淘汰されて少数に集約されていくよりも、強みを持つ企業同士で手を取り合い、お互いの強みを生かしていくことで生活者が健康増進の大切さに気づくサービスを提供できる世の中を実現できると思います。 からだポータルの強みは、「リアルなイベント運営」や「医療との連携」分野です。他のPHRの事業者も自分の得意分野を発揮できるような連携をすることで、『健康になってもらう』ことの社会意義を見いだせるような良いサービスを提供したいです。そのためには、手を取り合って様々なリソースを出し合いながらやりたいなと考えています。

Profile

井内伸一

2000年に社会医療法人愛仁会に入職後、企画部門、病院管理部門、システム部門責任者、総合病院事務部長等を経て、2019年にからだポータル株式会社を発足。

からだポータル株式会社 https://karada-portal.com/

からだポータル株式会社は、社会医療法人出身である代表取締役の井内伸一と取締役の高橋克昌、松本力が健康増進や予防医療事業の推進を目的に2019年に設立。日常の生活動線で無理なく頑張らずに健康管理できることが健康寿命の延伸にとって重要であると考え、ショッピングセンターでの定期的な健康相談サービスや電子カルテシステムと接続できるPHRサービスを展開。健康増進事業については第5回大阪府健康づくりアワードで地域部門最優秀賞に選ばれた。健診施設との連携を続けるとともに医療機関、流通大手との連携を拡大し、オンラインサービスと融合した新たな健康サービスの展開を目指す。

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