オープンイノベーションの現状の課題と解決方法
公開日:2018.06.01更新日:2023年5月23日
「オープンイノベーションが必要だ」
つまり、これからの新規事業にはスタートアップや外部の知恵が必要と言われて久しい。
実際すでに多くの企業が、外部リソースを活用した新規事業開発のためにオープンイノベーション手法を採用している。
欧米諸国では、ユニリーバやマイクロソフト、ロレアルといったグローバル企業が、積極的にオープンイノベーションに取り組み、日本国内でも東京電力やコマツ、トヨタ自動車が積極的だ。
しかし、実際に自社でオープンイノベーションをしなければならないときに、何をすれば良いのか、どうやればいいのかがわからないというのが最大の課題といえる。
本記事では、新規事業において昨今ますます重要な役割を果たしているオープンイノベーション手法について、課題と解決方法、その活用ポイントを考察しよう。
「オープン」な「イノベーション」とは、結局なんなのか
そもそも、オープンイノベーションとは何であろうか。
「イノベーション」という言葉は『技術革新』と翻訳されることも多いが、正直いまいちピンとこない言葉だ。
イノベーションを端的に説明するためによく使われる例え話に、オーストラリアの経済学者シュムペーターの、「馬車をいくらつないでも鉄道にはならない」という言葉がある。これは、連続的なアプローチと非連続的なアプローチを説明するときに例え話だ。
- 連続的:馬車を使うことを前提に、馬を何匹つかい、どの様に荷物を引かせるかを考える
- 非連続的:馬という前提を外し、石炭という新しいエネルギーで馬以上の効果を出す
「早く運搬する」というミッションを受けて、『馬をどのように使いこなすか』という連続的な発想やアプローチに対して、石炭を燃やしたエネルギーで『鉄道を使う』という全く新しい発想やアプローチを打ち立てること。これがイノベーションと理解される。
【関連記事】オープンイノベーション2.0とは?1.0との違いとその事例
イノベーションと非連続性はイコールではない
イノベーションという言葉を使うときに「非連続性」を重視するのは、おそらくシュムペーターのこの言葉が所以だろう。ただし非連続性は結果であり、これまでのやり方やアプローチを踏襲しないことの方が重要だ。
簡単にまとめると、ある目的達成のために前例がないアプローチを行ない、かつ新しい価値を生み出すことを、「イノベーション」というのである。
クローズなイノベーションとオープンなイノベーション
ではイノベーションが、『オープン』であるということは、どういうことだろう。
これを考えるために、まず『クローズ』なイノベーションを想像してもらいたい。
クローズなイノベーションとは、つまり自社内の組織だけでイノベーションに取り組むことを指す。
閉じているということは、企業内に点在する様々なリソースを活用し、社内だけで、新しい価値の創出を試みる方法だ。
先程のシュムペーターの例え話になぞらえれば、長年馬車を作ってきた職人に対して「馬よりも圧倒的に早い乗り物を作れ」と指示し、鉄道というアイデアを着想し、さらに実現しようとしている状況といえる。
競合になりうる技術に取り組むクローズなイノベーション事例
クローズなイノベーションを実現させるためには、既存事業の競合にさえなりうる技術開発や事業実証に取り組んでいる必要がある。
- 富士フィルムが、銀塩カメラのライバルになるデジタルカメラを開発
- キリンが、ビールのライバルとなる発泡酒や第三のビールを開発
こうした開発はクローズイノベーションの一例と言えるだろう。そして近年、自動車会社が電気自動車や水素自動車に取り組んでいるのもその一例だ。
技術がクローズドなのか、オープンなのか
クローズイノベーションが有効に機能する市場は、技術やノウハウが広く出回っておらず、自社の研究開発の方が相対的に優位な市場だ。
一方、インターネット技術に代表される様に、オープン技術によって形成されている市場では、市場変化が速い上に、自社にノウハウが無い新たな技術や知見が、自社外に蓄積されているケースが増えてきている。
- ICT等の急速な進展と急速な拡大
- 消費者ニーズの多様化と急速な離反
- 製品ライフサイクルの短期化と異業種の参入
こうした市場で企画される事業開発では、これまでのクローズなイノベーション以外のアプローチが必要になってきている。それが名だたる大企業が、オープンイノベーションの活用に積極的になっている背景とも言えるわけだ。
多くの企業でオープンイノベーション手法が普及してきたのは、近い将来、非連続な変化が起こることが市場において確定された未来になってきたことも後押しになっている。「確定された未来」を先行して実現することがビジネスチャンスになるならば、社内のリソースにこだわらず、異業種や外部機関との協業した方がいいという考えだ。
オープンイノベーションの課題は「何をすればいいのかがわからない」こと
オープンイノベーションの必要性は浸透しているものの、「当社がオープンイノベーションを推進するために何をすればいいかがわからない」という課題が指摘されている。
オープンイノベーションに対する理解は進みつつあるものの、実行力という観点では、グローバル企業と比べるとまだ遅れている状況だ。実行力が不足している要因として、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、オープンイノベーション白書(初版)の中で以下の点を挙げている。
- 「自社のニーズや課題を適切に外部に共有できない。」
- 「外部と連携するために必要な予算がつきにくい。」
- 「外部と連携するための必要な意思決定スピードが足りない。」
白書によれば、オープンイノベーションに積極的になっている企業でも、実務面で成果を出すためにまだまだ課題が顕在化していると言える。
オープンイノベーションが「必要か不要か」ではなく、『どうやるか』が課題
ただし、多くの企業経営者で、「オープンイノベーションが不要だ」と唱える人はほとんどいないだろう。オープンイノベーションの論点は、必要性を議論するフェーズから、どうやって経営計画に盛り込んでいくかというフェーズに移ってきていると言えるだろう。
- これまでの「どうやって“既存”の中に取り込むか。」という戦略からの脱却
- 既存事業や既存組織や取り組みとの兼ね合いを過度に考慮しない経営計画の立案方法の模索
- 投資回収の具体的な方針
フェーズが変わるということは、今後必要な議論も変わるということだ。
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オープンイノベーションにおける共通目標:『市場が抱える本当の悩み』はなにか
組織の枠組みを超えてイノベーションに取り組むためには、スタートアップや外部機関と共通に目指すことができる『目標』が重要になってくる。
ここでいう目標は、自社の売上目標や利益目標だけでは、異なる会社が膝を詰めて事業を推進させることはできない。また「国が推進している」や、「周囲の企業が導入している」というよう理由でも、中期的にオープンイノベーションの取り組みを継続することはできないだろう。
共通目標を建てる際には、この世の中の「どんなペインポイントを解くのか」ということに着目して検討するのがいいだろう。
事例:物流版Uberを目指すCBcloudが解くペインポイント
例えば、物流版Uberを目指すCBcloudは、「大手物流会社3社で2.6兆円稼ぐのに対して、63,000社の中小零細物流会社が14.3兆円を稼いでいる」という既存の業界構造がペインポイントだと指摘する。
ここでいうペインポイントとは、特定の顧客や企業ではなく、『市場が抱える本当の悩み』のことだ。
業界の中では見て見ぬ振りしてきた課題とも言える。こうしたペインポイントを発見して深掘りすることが共通目標を見い出すための第一歩になるだろう。
オープンイノベーションを成功させるべき2つのテーマ
そして、企業にとっての価値ある取り組みの定義はさまざまだ。その中で、今後ますます重要なテーマになると考えられているのは、次の2つだ。
- デジタルトランスフォーメーション(DX)
- 社会課題解決事業(CSV)
この分野のオープンイノベーションの成功が、新市場の創出や既存市場での勝利に結び付く可能性は高い。
つまり、これらの分野での技術開発などを目的にしたオープンイノベーションへの取り組みが重要になるというわけだ。
デジタルトランスフォーメーション(DX)と社会課題解決事業(CSV)とは
オープンイノベーションのビジョンとして、デジタルトランスフォーメーション(DX)と社会課題解決事業(CSV)が期待されている。これらの内容を簡単に説明しよう。
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、「社会すべてがデジタル化することで、今までの生活、ビジネス全てを変革して新しい価値が創出されること」である。
- Amazonの書籍販売プロセスのデジタル化
- Uberの自動車配車サービス
こうした事業がその代表例といえる。
DXによってビジネスモデルは根本から変わる。中間プロセスがなくなるので、顧客は全く新しい体験ができるようになる。つまり新しい体験が顧客を、企業を、そして市場そのものを変えるのだ。
例えば、Amazonがシアトルで始めた、手ぶらの買い物体験ができるAmazon Goはリアル店舗での買い物体験を根本から変える可能性がある。
新しい技術を、既存市場に組み込む
さらにIoT、AIやブロックチェーンなど新しいICT技術を既存市場で適用することで、従来の延長線上にない非連続的な新たなビジネスを生み出す可能性がある。
しかし、その新しいビジネスモデルを生み出すリソースを1つの企業でまかなうことは技術的にもコスト的にも困難であるため、経営リスクも大きい。そのため、複数企業のリソースを組み合わせることがDXを実現する近道と言える。
【関連記事】【ビジネスモデルづくりのコツ】フレームワークの使い分け方を解説
社会課題解決事業(CSV)とは
社会課題解決事業(CSV)とは、企業の持つ商品・技術・サービスなどのリソースを活用して、様々なステークホルダー(非営利団体や地域など)と協力しながら、社会課題を事業によって解決していく方法である。
世界で解決すべき課題:SDGs
今、日本を含めて世界的に社会的な問題が山積しており、持続可能な社会への実現に向けた取り組みなどがますます注目されるようになってきている。特に、2015年に国連総会で「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択されて以来、今、世界各国がその達成に向けて足並みを合わせて始めている。
ただし社会課題そのものは多様で複雑である。SDGsでは、「貧困、不平等・格差、気候変動のない世界をめざす17の目標」が設定されているが、その範囲は、非常に広範囲に及んでいる。
解決が困難だからこそ、その解決には新たな製品・サービス・技術等の開発が求められる。課題が複雑な社会課題を解決していくには、さまざまな業界・企業・行政等が連携しあってイノベーションを実現させてしかない。
例:自動運転は、自動車会社1社だけでは解決しない
例えば、自動車分野では自動運転技術の実現が間近であるが、それを実現するには、交通インフラの再構築や、法整備、市民の理解の浸透が不可欠だ。これらが連携することで初めて、交通渋滞の緩和や人手不足の解消、高齢者の移動問題の解消などが解決される。
つまり、自動車会社一社で解決するテーマではないということだ。同様に、医療・健康・介護分野ではICTの活用による遠隔医療、ロボットによる医療・介護支援などに期待が大きい。
このような社会課題を新しい方法で解決するためには、製品やサービスを一企業が開発して解決することはできない。そのためオープンイノベーション手法の活用が有効になってくる。
オープンイノベーションのアプローチ
DXやCSVなどの実現に向けたオープンイノベーションには、以下のようなアプローチが有効だと考えられる。
- スタートアップとの連携
- スタートアップへの投資
- スタートアップとのM&A
スタートアップとの連携
1. イベントやビジネスコンテストの活用
スタートアップと連携するために、大企業などでは自社の対象領域等に関連するイノベーションをテーマとしたコンテストを実施するケースが多い。コンテストで優秀な成績を収めたスタートアップに大企業等が資金や技術などを提供したり、共同開発を進めたりしてマッチアップが促進されている。
2. コワーキングスペースの活用
コワーキングスペースは自社、外部企業や個人との出会いの場、協働する場であり新しいアイデアの創造や商品・サービスの開発等が協力して行われている。ユニリーバなどグローバル展開する企業も含めて海外で設置・運営されるケースが多いが、近年日本でも増加してきている。
3. アクセラレータープログラム等の活用
アクセラレータープログラムとは、大企業や地方自治体等がスタートアップなどに資金提供や技術支援を実施して、協働による事業の創出を図るプログラムのことである。開発テーマがより明確でプログラムの期間が数カ月までというような期限付きなどが特徴だ。つまり、プログラムを提供する大企業等にとっては一定期間内に目的の製品・技術などを得られる可能性が高く、効果的な取り組みになりやすい。
4. スピンオフ等により起業したスタートアップ等との連携
カーブアウトやスピンオフしたスタートアップ等を公募だけでなく、自社及び公的機関、金融機関などの情報提供を通じて共同開発などの連携が図られるケースも少なくない。
5. 産学官での連携
大学等の研究機関と提携して共同開発を行ったり、TLO(技術移転機関)を通じて技術を獲得したりしてイノベーションを推進するケースも多い。例えば、日立製作所は東京大学などに産学共創に向け大学にラボを設置しており、神戸医療産業都市には再生医療の研究開発拠点として「日立神戸ラボ」を設置している。
スタートアップへの投資
ベンチャーキャピタル(VC)を通じて有望なスタートアップ等へ投資して、その企業との連携を図り技術等での協力を得ようとしたり、直接スタートアップに投資をすることでオープンイノベーションを推進したりするケースも少なくない。VCによって投資方針が異なっているため、自社の経営方針に則しているか、VCを経由して投資する場合には、その戦略や方針をディスカッションすることが望ましい。近年では、より投資判断を迅速に行うために、事業会社による投資ファンド(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立するケースが急増している。
スタートアップとのM&A
スタートアップ等へのM&Aもイノベーションを早期に実現させるのに有効だ。米国では、設立数年のスタートアップを高額な買収によって子会社化することがあるが、こうした取り組みは共同開発のスピードを加速させ得られた技術の移転も円滑に行いやすくする上に、競合他社に買収されないための防衛策でもある。そのため重要な技術を有するキーパンソンが退社されると開発等に大きく影響するため、彼らとの雇用契約を確実にするとともに買収後の職場環境の維持向上も求められる。
まとめ
オープンイノベーション手法の有効性や必要性は、多くの企業で急速に理解が進んでいる。
今後の課題は、「どうやって経営計画にオープンイノベーションを戦略・政策として盛り込み、実行していくか」である。図にある様に、企業によって実行段階にはいくつかの段階があるため、経営計画に盛り込むためには、自社がどの段階に位置しており、中期的にどこまで目指す定める必要があるだろう。
中期経営目標として考えられるテーマとしてはデジタルトランスフォーメーション(DX)と社会課題解決事業(CSV)が有望だと考えられる。DXやCSVの実現には多様な製品・サービス・技術が必要であり、社内・社外のリソースを一つの方向に導ける可能性があるからだ。
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この記事の監修者
株式会社フィンチジャパン 代表取締役
早稲田大学大学院を修了。
野村総合研究所経営コンサルティング部入社。
経営戦略・事業戦略立案に関するコンサルティングを実施。
2006年に当社を創業し現在に至る。
以来、一貫して事業開発プロジェクトとスタートアップ投資を行っている。
対外活動も積極的に行っており、顧客満足を科学した結果を発表したり、宣伝会議講座では事業開発の講義も実施している。
出版
PR Times記事
『https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/53478>』
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