アンゾフの成長マトリクス4つの視点を有効活用する事例
公開日:2019.01.07更新日:2023年4月20日
企業の戦略ドメイン(生存領域)や将来の事業領域を検討する手法として、「アンゾフの成長マトリクス」というフレームワークが良く使われる。
アンゾフの成長マトリクスは、戦略的経営の父と呼ばれているイゴール・アンゾフ氏(1918-2002)が発案した分析手法で、非常に古くから使われているフレームワークだ。
今回はアンゾフの成長マトリクスの意味と、具体的な企業の活用事例を紹介しよう。
新規事業の立ち上げに関する内容は以下の記事でも詳しく解説している。
興味のある方はこちらもぜひご一読してほしい。
「新規事業の立ち上げ方とは」
アンゾフの成長マトリクスとは
アンゾフの成長マトリクスは、経営学者のイゴール・アンゾフによって提唱された、企業の戦略ドメイン(生存領域)や今後の事業領域を探るための手法だ。
この手法は、次のように行なう。
- 企業の既存ビジネスや今後のビジネスを「市場」と「製品」に2分する
- さらにそれらの要素を「既存」と「新規」に分けて、合計の4つ視点で分類する
- それぞれの領域において、取るべき戦略に分類する。
市場浸透戦略(既存市場→既存製品)
既存市場に対して既存製品と取り組む戦略を指す。
すでに市場は形成されているので、顧客の購入意向を高めるために、広告や販売促進を強化したり、顧客中心のマネジメント手法であるCRMなどを駆使して顧客との関係を強化したりして、利用頻度や購買量を高めて収益を確保しようとするものである。
定番ブランドになっている清涼飲料水やアルコール飲料は、徹底して市場浸透戦略を行うことで、「飲み物といえば、◯◯社」と消費者の第一想起になるためのブランドを構築している。
市場開拓戦略(新市場→既存製品)
この戦略は新規市場に対して、既存製品を売り込んでいくために取り組む戦略のことだ。
すでに市場は形成されているものの、自社にとって新規参入であれば「新規市場」と解釈する。
イメージがつきやすいのは海外進出だ。例えば日本国内で成功した製品を海外市場に展開する際には、市場を開拓できる販売網の構築が必要になる。ゼロから販売網を築き上げるのに時間を要する場合には事業パートナーと販売契約を結ぶこともある。
この戦略で重要なのは、新規市場を開拓するために何をすべきか、何が必要かを分析しておくことなのは言うまでもないだろう。
製品開発戦略(既存市場→新製品)
この戦略は既存の市場に対して、新規製品を展開するときの戦略である。
市場はすでに形成されているため、自社としては後発参入になる。後発参入して既存市場で勝つためには、既存市場にある他社製品と比較して、差別化・区別化できる製品を開発できるかどうかにかかっている。
電力検針メーターのスマート化や産業機械のモニタリングなど、昨今のIoT製品の多くはこの戦略に相当するだろう。そのため、既存の市場の課題をIoTによって解決することが求められる。つまり、既存製品と比べて、明確な差別化が要求されることになる。
多角化戦略(新市場→新製品)
この戦略は、新規の市場に対して新しい製品を投入する戦略である。
類似業態に進出する水平的多角化や、流通段階の上流や下流に進出する垂直的多角化、全く新しい分野に進出するコングロマリット的多角化などがある。
例えば海外に進出する際に、国内でも展開していない新商品でチャレンジすることを指す。リスクが高い打ち手になるため、取るべき戦略は多角化、つまりリスクマネジメントになる。
アンゾフの成長マトリクスでみる企業の戦略事例
ここからは、アンゾフの成長マトリクスの4つの分類ごとに、実際の企業の事例を出しながら、どんな戦略を取っているのかを紹介しよう。
市場浸透戦略の事例(既存製品→既存市場)
製品がコモディティ化されていて、市場が成熟している場合が多い、既存市場×既存製品における戦略では、「市場」に注目する必要がある。
- 市場が縮小している
- 市場が拡大している
市場が拡大段階である場合は、縮小段階よりも当然容易であるが、多くの市場は時間経過と共に市場自体は縮小に向かう傾向がある。
しかし、縮小市場の場合、市場自体が縮小しているだけに消耗戦になりやすい。どれだけ効率良くマーケティング投資を行い、市場シェアを確保できるかによって収益性は変わってくる。
個人の趣向が多様化し、マス広告やチラシなどの手法は効かなくなりつつある昨今では、ITやSNS等を駆使して、個人の好みに応じた広告や販売促進戦略が主流になりつつある。ネット広告でリターゲティング広告が最もROIが良いと言われているのは、上記理由も一因だ。
CRM戦略
また市場浸透戦略において有効な手段の一つは顧客との関係性に重点をおいたCRM手法(Customer Relationship Management、「顧客関係管理」)だ。
最近、通信キャリアがサブスクリプションサービスにシフトしているのは、CRMを通じて顧客の嗜好にあわせたマネジメントを行うことによって収益の向上を目指す戦略の一環といえる。
IT化が進んだ現代では顧客情報の把握や利用が容易になるため、今後の市場浸透戦略ではサブスクリプションが主流になっていくだろう。
インターネット利用した小売大手のアマゾンも「Amazon Prime」と呼ばれるサブスクリプションを展開しているが、このモデルはある収益逓増の構造にあるため、一定以上の会員規模を超えて、損益分岐点を超えると収益性が高くなる。
この構造は、通販ビジネスでも同様の傾向があり、一定以上のCPO(Cost per Order)とリピート率を確保できている通販事業は、収益が良化する傾向がある。
WEBマーケティングは、顧客中心主義的に商品販売を行う上で極めて効率的なCRM手法であり、他の多くの企業も導入をはじめ、インターネット上で商品を販売する企業においては、すでに必要不可欠な手法の一つとなっている。
今後発展するAIとの組み合わせによって、さらに効率的な顧客管理による既存市場への浸透を行うことができる様になるだろう。
市場開拓戦略の事例(既存製品→新市場)
既存製品における新規市場の開拓事例として、海外市場の開拓をみてみよう。
海外進出の事例としては、トヨタや日産など自動車メーカーの海外進出が広く知られているが、日用品や飲料などの分野での海外進出も一部の企業において積極的に行われている。その一つがユニ・チャームである。
ユニ・チャームは生理用品やおむつで知られる企業だが、積極的な海外展開を行なっているという点でも有名で、以前はユニ・チャームの海外進出は中国などのアジアが中心だったが、近年ではアジア以外にも領域を広げることに成功している。これは収益の多
くを占めていた中国事業が、今後少子化によって市場が縮小することを踏まえた戦略だが、同社は市場開拓に長けている(ノウハウがきちんと社内に蓄積されている)と言える。
ユニチャームはこうした積極的な海外市場開拓を行うことによって、同業他社が世界的経済危機によって苦境に喘ぐ時でも高い業績を維持するなど、企業としての成果を残し続けており、既存製品の専門性を武器に新規市場の開拓に成功した例といえます。
製品開発戦略の事例(新製品→既存市場)
既存市場で成功を収め続けるには、多くの企業において新製品の開発は必要不可欠な要素だが、現代における新製品開発の方向性は多様化している。
例えば製薬メーカーの場合、新薬開発が常とう手段であったが、国民の医療費節約の流れから、特許切れの医薬品を製造するジェネリックメーカーも存在感を増している。
また、セブンイレブンのセブンプレミアムシリーズやイオンのトップバリューシリーズのように、流通業が主導する製品開発も台頭している。
このように、新製品の開発が多様化していることから、一概にこうすれば成功するということはできないが、製品のライフサイクル(PLC)には注意する必要がある。
事例を挙げて説明すると、デジタルカメラがスマートフォンに市場を奪われることに対応できなかったキャノンや、コピー需要の減退に対応が遅れたリコーは苦戦を強いられているが、写真フイルム需要が減少することを読んだ富士フイルムは、フイルムで培った微細技術を化粧品などに転用して好業績を維持していることなどである。
富士フィルムの例は別市場へのシフトも含んでいるが、重要なのは新製品開発にあたっては、単に既存製品の改良などの既存製品の延長を行うのではなく、商品ライフサイクルや業界の今後の流れを的確に読みながら行うことが重要だ。
多角化の事例(新製品→新市場)
多角化と一口に説明しても様々な方法がある。
- 類似業界に進出する水平的多角化
- 流通の上下に移動する垂直的多角化
- 全く異なる事業を行うコングロマリット的多角化
水平的多角化としては、銀行や百貨店など、近い業態が合併するケース。
垂直的多角化は、メーカーが卸や小売に進出したり、小売業が卸やメーカー分野に進出したりする例がある。小売業のプライベートブランドも、一種の垂直的多角化ともいえる。
コングロマリット的多角化の例としては、近年の電力小売り自由化に伴う様々な異業種の参入や、ソフトバンクグループが行う様々な企業の買収が挙げられるだろう。
水平的多角化の事例として、ラーメン凪(株式会社凪スピリッツ)の海外進出を見てみよう。ラーメン凪は2004年に国内で開店したが、2010年に海外1号店をオープンして以来、2018年3月段階で国内は東京中心に12店鋪、海外は台湾・フィリピンを中心に17店舗と、海外店舗の比率の高さが際立っています。
ここで注目すべきは味の違いである。ラーメン凪は日本では煮干しラーメン店として有名だが、海外では全く異なる豚骨ラーメンを販売しているのだ。同社が6店舗を展開する台湾では、日本の豚骨ラーメンが人気であること、豚骨ラーメンの回転率の高さ、外食(特に日本食)に対して財布の紐がゆるい傾向にあることなどを分析して、現地顧客のニーズに合わせて新商品を開発している。
その結果、台湾の給与水準は日本の半分以下だが、どの店も日本以上に行列ができる人気ラーメン店となっているのだ。また、豚骨ラーメンの回転率の高さや現地人件費の低さを考えると利益率は日本より高い可能性もあり、ラーメン凪の海外進出は既存製品を新市場にあわせて的確に変化させることによって、新規市場開拓に成功した好事例といえる。
まとめ
アンゾフの成長マトリクスのそれぞれの戦略を事例ベースで概観してきた。
成長マトリクスは、自社の方針を直感的に整理・理解できるフレームワークのひとつと言える。また、それぞれの戦略によって成功している企業がどのような組織能力やノウハウを有しているか分析できる。新たな戦略を検討したり、既存の方針を理解する上で有効な手法の一つといえよう。
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この記事の監修者
株式会社フィンチジャパン 代表取締役
早稲田大学大学院を修了。
野村総合研究所経営コンサルティング部入社。
経営戦略・事業戦略立案に関するコンサルティングを実施。
2006年に当社を創業し現在に至る。
以来、一貫して事業開発プロジェクトとスタートアップ投資を行っている。
対外活動も積極的に行っており、顧客満足を科学した結果を発表したり、宣伝会議講座では事業開発の講義も実施している。
出版
PR Times記事
『https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/53478>』
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